映画を観にいく日は、マスカラなんて付けてくるべきじゃない。上映が終わってシアターに灯りがともると、私は慌てて人さし指で目の下を拭った。

悲しい物語ではない、というと嘘になる。実際に私は、いくつかのシーンでいたく胸をしめつけられて、何度か泣いた。

それでもこの映画はまた、優しい物語でもあった。
誰しもが人生の一時期に味わう、恋愛の甘さと酸っぱさ。その味を、見事な俳優陣とロケーションで、もう一度私たちにまざまざと味わわせる。

壊れやすく繊細で、でもときに大胆に。惑わされては惹きこまれ、同じ気持ちで求め合う。
目を伏せたくなるほどむき出しにされた二人の恋愛模様を見れば、恋をしたことのある人なら、自分の過去を投影し、その切なさに感じ入ってしまうだろう。

 

舞台のイタリアの夏がとにかく美しい

Call Me By Your Name | Official Trailer HDより

舞台は1983年の夏の北イタリア。まず私はこの風景のまばゆさに惹き込まれる。

太陽がさんさんと降り注ぐ中、人々はみな裸同然で、のんびり陽気に日々を楽しんでいる。

時世にのった派手な演出や編集は一切なく、1980年代の当時を感じさせる透明感に溢れた映像は、まるで私たちまで一緒にバカンスに来たような、リラックスした心地を与えてくれる。
 

みどころ

この物語は17歳のエリオが、大学教授の父親の元に、夏の間六週間だけインターンとしてやってきた大学院生のオリヴァーと恋に落ちる物語である。
上映時間は2時間13分。その中でどこに注目すべきかを、私なりに書いてみる。
 

エリオがオリヴァーに惹かれていく描写

エリオがオリヴァーに興味を抱き、魅了され、虜になっていくまでの描写はとても繊細で、気をつけて観察していないと逃してしまいそうなほどだ。けれどそこに気づいたとき、観ている私は初々しさにときめいてしまった。

Call Me By Your Name | Official Trailer HDより

エリオの父親によるスピーチ

物語の終盤、エリオの父親パールマンがエリオに語りかけるシーンがある。
パールマンの人生で後悔したこと、それを息子には経験させないようにと、熱い言葉で語りかける。このシーンでは、涙せずにはいられない。
ハンカチを握りしめて臨むべきだ。

ちなみに私はこのシーンで名言があればとメモを取ろうとしていたのだが、涙が止まらないのと目が離せないので、結局メモには一言も残されていない。

Call Me By Your Name | Official Trailer HDより

“Call me by your name”の持つ意味合い

「君の名前で僕を呼んで」、このタイトルには「?」となる人も多いと思う。
予告編にも出ている通り、オリヴァーがエリオに対して”Call me by your name and I’ll call you by mine”と呼びかけるシーンが由来なのだろう。
私は、これはそのシーンのみならず、二人の人生にとって、もっと痛切な意味合いを持つ言動なのではないかと思った。

男性同士の、ひと夏限りの忘れたくない恋…そこを汲み取った上で、この”Call me by your name”の意味を自分なりに考えてみると、身を焦がすような切なさが襲ってくる。

Call Me By Your Nameさん(@cmbynfilm)がシェアした投稿


引用元:公式Instagram(@cmbynfilm)より
 

ラストのシーン

ラストは一転して雪のシーン。ここでまた新たな出来事が起こるのだが、ぼうっとした冬景色の冷たさと、エリオ役のティモシーの真に迫る演技があいまって、涙が止まらない選手権のラストスパートが始まる。
三分半の長回しで撮られているということを考えると、ティモシー・シャラメの怪傑ぶりがよくわかる。ハンカチはしまっておかないように。

 

書いてみて実感したが、この映画は後半戦である。しかし前半をさらっと流してしまうと後悔することになるので、エリオとオリヴァーの動きにはずっと注目しておくことをおすすめする。

音楽

エリオは音楽的な教育も受けており、ピアノやギターも弾けるという非凡ぶり。オリヴァーも、エリオのそんな部分に惹かれていったのだろう。
エリオの奏でる音楽や、それを通じて二人が会話するシーンも必見。

主題歌の”Mystery of Love”は、この映画のどこまでも澄み切った空気感や、初恋の純粋さを思い出させてくれるようで、私もこの記事を書きながらずっと聴いている。

上映中の映画館を探す(公式ページへ)

 

もっと深読みして鑑賞したい人へ

このブログ記事「町山智浩 『君の名前で僕を呼んで』を語る」を読んでから映画館へ行くことをおすすめする。
映画評論家の町山智浩さんと、山里亮太さん、海保知里さんのラジオでの対談を書き起こしている記事だが、日本語で書かれているページでは散見されない、非常に貴重な見方を提示してくれている。

Call Me By Your Name | Official Trailer HDより
日本語字幕付き予告はこちら

あるインタビュー動画で、オリヴァー役を演じたアーミー・ハマーがこんなことを言っていた。

「この映画を見て両親にカムアウトできたと誰かがツイートしてたよ。感動的だ。

世の中は簡単に変わらないし、映画の力で変えることもできない。だが確実に1人の人生を変えたんんだ。

まさに僕が若い頃演技のクラスで言われたことだ。映画は人の観点を変えることができる。
今回初めて体感できた。

Youtube 『君の名前で僕を呼んで』インタビュー特別映像より引用

私はこの映画をなんの違和感もなく、普通の純愛映画だと受けとった。たまたま恋に落ちたのが男性同士だっただけ、なのだというのが正直な感想だ。
息子を応援する親も登場する。そしてそれはまったくわざとらしくない。すっと心に入ってくる。
こういう部分がこの映画の意義深い部分であると思う。

あらゆる世代の人がこの映画を正面から見て、真っ当に感動して、家に帰ることだろう。それはジェンダーに苦しむ人々にとってどれだけ意味のあることだろうか。

 

最後に。この記事を読んでくださった方にはぜひ、夏の始めにこの映画を観て、17歳の少年による初恋の切なさと、イタリアの夏の清々しさを同時に味わってほしい。

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