ひとり物思いに耽るとき、どこかで行き詰まる。

そんなときに私が頼る参謀役を紹介したい。

怪獣と、ウルトラマンである。

基本的には自分ひとりで物事を延々と考えていると、そのうち視野狭窄に陥ってしまうものだ。視野が狭いと感じた瞬間、本を読んだり、識者に意見を求めたりして視野を広げていく。
しかし、いつでもそれができるわけではない。

そこで彼らの登場である。
怪獣とウルトラマンは、両極端だ。両方の極端から、私に足りない視点を補ってくれる。

一般的に、怪獣は悪の象徴であり、ウルトラマンは正義の象徴だ。
怪獣はとことん悪者からの視点を、ウルトラマンはきわめて道徳的で清廉な視点を私にもたらしてくれる。ときどき自分の知見では補えなかった考えを出してくれるので、非常に助かる。

こんなことを人に言うと、物凄い勢いでヤバい人だという目で見られるが、まずは固定観念を取り払ってトライしてみてほしい。
自分の考えや悩みが行き詰まったとき、両極端な二人——好きな芸能人でも、飼い犬や猫でも——を思い浮かべて、自分の意見とは離れた視点からの意見を、自分の目の前で戦わせてみるのだ。

ひとりだけだと解決が難しかった問題が、”自分とは違う目線”を挟んでみることで、他人を頼らずとも鮮やかな解をもたらしてくれる、かもしれない。

脳の眠っていた領域を揺さぶり起こしてくれるようなイメージだ。

しかし結局は、君の妄想だ、と言われると、

SNSをやりすぎてしまうと、私は間違いなく鬱になる。

やるにしても限度を超えないように常に自分の心を外側から見つめ、ケアしてあげなければいけない。

そう、SNSを見ない時間は自分にとってのケアでもあるのだ。
セルフケアデイは定期的に必要なものだと思うが、その中でも意識的に「SNSを見ない」ということは強調すべきだと思う。

いいねの数、インプレッションや視聴回数、それらに自分の存在価値を委ねてはならない。周りの数値が多い人と自分を比べて自分を卑下してしまうのも最悪だ。

SNSができたのは人類の何十億年という歴史の中でほんの0.000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000001秒(よりもっと)にも満たないくらいのレベルであって、まだその価値だったり逆に弊害だったりについては十分な議論がなされていない。

ヘルシーに使わないと精神を病むようにできているし、そんなツールにどっぷりと毎日浸かってしまうのは、自ら発がん性物質の含まれた食事をしこたま摂取しにいっているようなものだ。

そして大事なのは「SNSを見ない」というその行為自体ではない。
自分が今どういう精神状態で、SNSとどのくらい距離が近くて距離を置きたがっているのか、自分の不安はなんなのか、その不安は長い人生においていかほどのインパクトなのか…

そういった自分の内面で渦巻いてしまっているようなことを考え抜いて、自分の心に肥料を与えて元気をつけてあげなければならない。
つまりはSNSに浸かってしまうことより、それに伴って自分のことを注意深く観察してあげられなくなるのが問題なのだ。

この世の中には、SNSで他人の投稿に羨むということ以上に素晴らしい価値を持つことがたくさんある。
純粋な音楽の調べにうっとり耳を傾ける時間や、他人の考え抜いた一級の思考を学んでみたり、文学や詩の、考えられないような言葉のマリアージュに心を燃やしたり、映画を見たり、芸術作品に触れたり、自分の頭の中を整理してみたり、色々なことがある。内面を豊かにする時間を持ちなさい。

Pin It