一つの曲とじっくり向き合いたい。
その思いが、私を音楽ストリーミングサービスから離れさせた。

ストリーミングで音楽を聴いた時期もあった。少なくとも二年近くは。
ある日、考え直す。私は払う月額に見合った、より多くの音楽と出会わなければという義務感で、聴けやしない量のプレイリストをダウンロードしていた。プレイリストは統計に基づいた自動生成の場合もあり、あの頃私の趣味嗜好の手綱は、自分自身ではなく、ストリーミングサービスに握られていた。

いつの間にか音楽を聴くことは主体的で楽しい活動ではなく、義務やルーティンのようになってしまった。気づいたその日、すぱっとサービスを辞めた。それまで集めた音楽、自分で編んだプレイリストのデータは非情にも一瞬で消えた。けれど、これからは一つ一つ自分の手で集めていくと決め、わざわざ(時代遅れの)iPodを購入した。

やはりそこからが楽しかった。手間がかかる上に、せっかく手にしたCDの内容が退屈なことはいくらでもあった。ストリーミングのときは退屈な音楽は消してしまえばよかった。けど手間もお金も掛けるとそうはいかない。自分にその音楽を楽しむだけの感性がなかったと反省し、真剣に聴く。すると、退屈に思えた音楽は、奥深く、素敵な音楽へと変わっていった。採算や効率を考えていたあの頃からは考えられない体験だった。

そのおかげか、ジャンルに囚われない楽園のような音楽世界が私の中にはある。
ドヴォルザークやドビュッシーは心の安定剤だし、クイーンやレディオヘッドを聴かない自分は有り得ない。エラとジャズの世界へトリップする夜もいい。エミネムやアリアナ・グランデなんかも同列に愛聴する。
この乱雑で楽しき世界は、自分の好みの傾向をより忠実に反映するストリーミングを続けていれば、きっと現れなかっただろう。

私にとっての音楽は、利便性とは少し離れた場所にある。一つの曲と対峙し、じっくり身体に取り込み、手間をかけることで自分の感性を育ててくれる栄養剤。
だからこそ量より質を大切に。時代遅れを積極的に楽しみたい。


そんな私はこのブログでGood Night, Musicというシリーズを書いています。選曲には愛がこもっております。誰かにとって、このシリーズが新しい音楽世界への扉になれたらいいななんて。

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