いつの日からか「私はこういう本が好きだから」といって同じような本ばかり買ってきたということはなかったか。同じ作者の本ばかりを買い込んではその人の思想に浸ろうとしたことは。
それも読書のやり方としては多いにありだ。楽しく続けられるほうが、読書をやめることよりよっぽどいい。

けれど、読書によって自分の頭の中にある世界地図を広げるためには、自分の今まで関わってこなかった――用語もわからなくて理解するのに困難をともなうような――本に手を出すことが必要である。

ファッションの本や小説にかじりついたかと思えば、次の日には経済や哲学を、ある日には数学や科学分野の本を手にしている。本という仮想現実の世界で、あらゆる畑を渡り歩いている、そんな軽やかな自分でありたい。

「本は風のように読むのがいい」

外山滋比古さんによる『乱読のセレンディピティ』は、私がなんとなく思ってきたことを明晰な語り口で再確認させてくれた。

今日のブックマークは、80ページ「アルファー読みとベーター読み」。
外山さんはこの節で、人々の読書を「アルファー読み」と「ベーター読み」の二種類にわける。前者は、私たちが文章に関してすでに知識を持っているときの読み方。対して後者は文の内容や意味がわからないときの読み方だという。

日本の教育はアルファー読みをベースに「読み方」を教えてくれるが、それではまったく未知の文章を読もうとしたときにお手上げ状態になってしまう、という指摘がなされている。

「とにかく小さな分野の中にこもらないことだ。」

本書は“乱読”のおもしろさを伝えるために書かれたものだから、この節でももちろん、一つの分野にこもらずあらゆるジャンルに飛び込むことをすすめている。
そのためには「ベーター読み」の能力が必須だ。いや、その能力がなかったとしても、だ。
「まったく、わからないなあこの本は」と心の中では歯を食いしばりながらも、笑顔でどん欲に読みすすめることだと思う。

乱読すればいい。

いろいろなジャンルの本を、興味にまかせて読んでいく。ひとつの専門にたてこもっていると、専門バカになるおそれがあるけれども、乱読なら、そうはならない。

それどころか、専門主義、瑣末主義が見落としてきた大きな宝をとらえることが可能である。
『乱読のセレンディピティ』(扶桑社文庫) 外山滋比古 85ページより引用

外山さんはまた、「本は風のように読むのがいい」と言う。私はたくさんの畑の上を、風のごとくすいすいと泳いでいこう。
今日からは書店や図書館へ行ったら、新しいジャンルの本棚も必ず見にいくのだと決意した。

 

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